うたたね
「ずいぶん遠くまで来たな。」
鳴海は遠くに森が見える青々とした野原の中に腰をおろした。
エリ公女と別れてからもギイやルシールと共に自動人形を壊す旅を続けている鳴海だったが、
時間が空いたときには必ず拳法の練習とトレーニングを欠かさずやっていた。
そして今日も朝早く起きて皆と一緒に泊まっている宿を抜け出し、
型の練習を一通りやったあと走りこんでいたのだった。
「腹が減ったな。この辺食べ物屋とか見なかったな…。」
腹の虫の催促に気付いて息をついた時、鳴海の背中に痛みが走った。
「 誰だ!」
鳴海が怒鳴りながら後ろを振りむくと、そこには片足を上げているギイがいた。
「何度言っても行き先を言わず勝手に外出するんだ?猿並の脳味噌とはいえ少しは使え、ナルミ。」
「だからって俺の背中を蹴る事はねえだろうがよ!」
ギイは鳴海の隣に座ると話し続けた。
「毎回お前を探す僕の苦労を察してもらいたいものだがな。今回はお前の義手に
発信機を仕込んでおいたから時間がかからずにすんだが…。」
思わず鳴海は自分の義手をさすりギイに問う。
「なんでそんなもん俺の義手に入れたんだよ!?」
「言う事が理解できない猪には他の手段を考えるしかないだろう。
パリでリハビリをしていた時も迷子になって、雨の中子犬のようにぶるぶる震えていただろうが。」
「震えてなんかねえよ!そりゃ地図も持たずに出かけたのは悪かったけどさ。」
「この間なぞ、無銭飲食で代金代わりに皿洗いをさせられていた姿を見た時は、
この男の関係者だと名乗り出るのがどれほど恥ずかしかったか。」
「あれは無銭飲食じゃねえよ!!財布持ってくるのを忘れて食堂の前でメニューを眺めていたら、
店の親父さんが店手伝ってくれたら食事をおごってやるよって言ってくれたんだよ!」
大声で反論する鳴海の声に耳をふさぎながら、もう片方の手で持っていた紙袋を鳴海に渡した。
「二度も同じ思いをしたくは無いからな。わざわざ持ってきてやったのだ。ありがたく食べろ。」
その紙袋の中にはパンがたくさん入っていた。
「…すまねえな。ちょうど腹へってたんだよ。ありがとよ、ギイ。」
食べ物を目の前に鳴海の怒気は抜かれ、もらったパンをどんどん食べていった。
「このパン、どれもうめえな。」
「この僕の口の中に含んでもよしとしたパンだ。うまくないわけが無かろう。」
「どうしておめえはいつも一言二言余計なんだろうな…。」
夜が明け、空気が冷たくきれいに澄み渡った野原の中に上がり始めた太陽の光が差し込み、
草花を照らし出し色鮮やかに輝かせている。
いまこの瞬間にも同じ世界のどこかで自動人形達は人の血をすすりゾナハ病を撒き散らしているはず
なのだがそんな事がおきているとは思えない穏やかな景色がそこに広がり、鳴海もギイもつかの間の
安らぎを与える空間に身を浸していた。
「ああ、ねむくなってきたな。少し眠るとしよう。」
鳴海が食事をしている間、黙って周りの景色を見ていたギイだったが
立ち上がり鳴海の後ろに回りこむと、再び座り鳴海の背中にもたれかかった。
「ちょっと待て。お前俺の背中で寝る気か?」
「食事代だ。かたくてごつごつしてるのが難だが…。
ナルミ、お前のために早起きまでして来てやったのだ。うるさい事を言うな。」
「あのなあ、てめえがいつも夜遊びしてんのが悪いんだろ!
だったら宿に戻って寝るか、もっと柔らかい布団なり毛布代わりになる人間にもたれかかっとけよ!」
鳴海の抗議にどこ吹く風といったギイはうとうとし始めながら鳴海に答えた。
「柔らかい布団ならいくらでもあるが、いつ自動人形が来るかわからない時に背中を
預けられるのはそうないからな。」
鳴海の声が止まり、むくれるとふいと前を向いた。
「…本当にてめえはずるいよな。」
そのままギイを背中にもたれさせたまま、鳴海もいつしかうつらうつらと眠ってしまった。
青くきれいな野原の中、戦いの合間のつかの間の休息。
◆1555HIT 槙様 ◆
「ギイと鳴海の小説」
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