かきごおり


「あちー」
かろうじて肩にかかる髪を縛ったナルミが手でパタパタと首筋を仰ぐ。




「エアコンの風が嫌いだとわめく野蛮人が何を言う」
ナルミのTシャツが汗で張り付いているのに対して、長袖をきっちり身につけたギイは薄汗さえにじませずに長椅子で読書を続けている。
「だってよぉ、あれって身体の中から冷えてこねえか?関節が痛くなるんだよなぁ」
ごろごろとカーペットの上を転がりまわっては舌を出すナルミを横目で観察しながら、ギイはまるでこいつは大型の犬のようだと思う。





海辺のこの別荘は夕方になれば涼しい風も入ってくるが、昼間はじっとり湿った空気が部屋の中によどんでたまる。
目の前のプライベートビーチに行ってくれた方がいっそのこと鬱陶しくなくていいような気もするのだが、既に二日間連続で昼間の暑い最中に水辺で過ごしたナルミの背中は真っ赤に日焼けして火傷を負ったようになっている。

『全く、なぜ何も身につけずに一日水の中にいたのだ。きちんとTシャツなり何なり身につけておけといったはずなのに』
呆れた声を出した自分に
『そんなに日差しがきついなんて思わなかった』
と肩を落とした二日前。水だけのシャワーと氷で冷やし続けた背中は朝には収まったが、まさか徹夜で看病した自分がうたた寝をしたその隙に再び海に向かって駆け出して行こうとは予想もつかなかった。
さすがに夜になって軽い発熱を起こしたナルミだが、やはり野蛮人らしく一晩大人しくしていたらすっかり熱も下がった。

そうして海に出ることも禁じられ、かといってエアコンの風に身をさらすのも嫌だとゴネ、(ギイとしてはアジア地区の湿気は苦手だと言うのに)身体をもてあまして部屋の中をごろごろと転げまわっている現状になったのだ。
汗で湿ったTシャツが背中に痛くはないのか?
いや、それを言ったらそもそもカーペットを転がることが可能なのか?
いくつかのクエスチョン・マークがギイの脳裏を横切ったが、すべての答えは『ナルミだからな』で終わりにしてしまうのがギイ・レッシュという男だった。

「なー、氷、できたかなぁ?」
転がり続けこと10分。ギイが全く相手にしないのでムスくれていたナルミが何かを思い出したようで不意に身を起こしてギイに尋ねる。
「まだ駄目だ」
「なんでだよー」
本から目を離さずあっさり言ってのけたギイに、ぷうっと頬を膨らませたナルミ。
「当たり前だろう、さっき食べたばかり、つまりは作ったばかりだから、氷がまだできてないのだろう?せめて昼食を終えてからにしろ。お前は問題ないかもしれないが、僕の繊細な身体は1日に5杯も6杯もカキ氷を受け付けられはしないんだ」
「……わかった」
しぶしぶ頷いたナルミ。他に人がいるのに一人で何かを食べるのが嫌なナルミとしては譲歩するしかない。あと1時間もすれば昼食の時間になるのだ。
昼食さえきちんととれば、デザートを食べても怒らないところがギイのいいところだしな。
上機嫌で再びカーペットを転がり始めた大型犬―もしくは熊―の姿を見やったギイは彼の単純な思考を容易に想像して、あきらめにも似た気分で小さく息を吐いた。

「ギイ、お前何にする?」
大型のかき氷製造機――近くにあった海の家から古いものを譲り受けた――を使って、力任せに削った氷をぎゅうぎゅうと器に封じ込めながらナルミが声をかける。
テーブルの上に並んだ色とりどりのシロップを見渡し、メロンのシロップを自分の分にざぶざぶとかける。
「今回はメロンか」
立ち上がり、食堂へとやってきたギイがナルミの手にしたかき氷に視線をむける。
確か夕べはレモン、今朝食べた時はイチゴ、十時のおやつにはブルーハワイだったか?
「ん?どうせなら色んな味の食いたいじゃねーか」
「だからと言って日に何度も食べることはないだろう。こうすればいいんだ」
屈託なく笑うナルミに呆れた視線を送ったギイは、器を回しながら、まるで冷やし中華の彩のようにレモン、メロン、イチゴ、と氷の上に少しずつ各種シロップをたらしはじめた。
「んなことしたら味が混ざっちまうじゃねえか」
「ハワイの名物の一つだぞ?確か『レインボー・カラー』だとか言ったような…」
「俺、行った事ないもん」
「もともと味がついているわけではないからな。色から風味が連想されるだけだ」
カラフルな氷をざくざくと混ぜ、もはや何色とも言えなくなった氷を平然と食べ始めたギイの手元をじっと見つめていたナルミが、顔を上げてにやりと笑う。
「『レインボー』っつうより、むしろ真っ黒なおめエの腹の中の色だな」
「失礼なやつだ。そんなことを言ってるともう付き合ってやらんぞ」
初日にナルミと同じ量を同じ回数だけ食べたギイは一気に腹を壊したのだ。――普通の人間なら丼(あるいはそれに近い大きさの器)で1日に3〜4杯のかき氷を食べれば当然そうなる。――わざわざ1回ごとの量を控えてまで付き合ってやっているというのに。
「あ、うそうそ、何でもないっ」
自分の発言を封じるように物凄い勢いで氷をかっこむナルミ。
ふん、と鼻を鳴らしたギイも再び自分の持つ小さな器へと集中していく。
無言のままカキ氷を口にする二人。

沈黙を破ったのはやはりナルミで、上目遣いに小さなおねだりをしてみる

「なあ、今度俺にも作ってくれよ」

「…ああ」
薄く笑ったギイは、笑いを隠すようにそっと氷を口に運ぶ。


それは、ある暑い夏の、出来事。










      ■■■管理人のコメント■■■
  荻野眞虎さんのかき氷のイラストを見て、送っていただいた小説です。
稚拙ながらも挿絵を入れてみました。  とささん、ありがとうございます。
                                


  
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